ゴットランドの街角

ヴィスビーを歩く

スウェーデンの童話作家アストリッド・リンドグレーンの作品「長靴下のピッピ」の映画撮影に使われ、宮崎駿監督の「魔女の宅急便」でも街並の参考にされたヴィスビー。その魅力は「中世の街並」だけではない。「昔」と「今」、ゴットランドのオリジナルの文化と他のヨーロッパ文化、そして北欧モダンデザインなどが融合した独特な面白さに、誰もが惹きつけられ、一度は訪れてみたいと願うのである。

GOTLAND ISLAND

 ゴットランド島は、遥か昔、氷河期から人間が住み着いていた地だ。広くヨーロッパを駆け巡っていたヴァイキングもここを拠点に、ギリシャまで交易をしていたという。島内には、ルーン文字が刻まれた石碑や墓地、祭祀に使われていた施設など、各所にヴァイキングの史跡が残されている。1990年代には、その時代に貿易先の国で鋳造されたコインなどが多く出土している。
 ヴィスビーの港がバルト海周辺の貿易において重要なポイントとして目され、ハンザ同盟が港を築いたのは1100年頃のこと。当時、この場所にそれほどの価値があることを知らなかった島民たちは開港を許し、彼らが造った城壁と見張り塔でヴィスビーの街から閉め出されてしまうことになった。市街に入るのに通行税まで徴収されていたという。
 1288年に島民と城壁内の住民との間にいさかいが起きたが、元々好戦的でなく、軍隊のような統率のとれた組織もない島民は結局退けられてしまう。ハンザ同盟が、各国との貿易で繁栄していく中、島民は他の街を中心に、トルコやロシアなどと細々と交易を続けるしかなかった。
 その後、造船技術が進み大型の交易船が造られたため、それまでのように、ヴィスビーに寄港する必要性が薄れ、この港は衰退していった。侵攻してきたデンマーク王による厳しい支配も受け、ゴットランドは忘れられた、貧しい島へと変わってしまったのだ。
 ゴットランド、ヴィスビーに人々の目が向けられるようになったのは、100年ほど前からだ。スウェーデンのダーラナ地方などと同じく、その情緒ある古い街並や豊かな自然などに魅せられた作家や画家などアーティストたちが訪れ、この地をテーマにした作品を発表し、少しずつ知られるようになる。そして、今のような憧れのリゾートに生まれ変わることになったのだ。毎年8月には、市民たちが中世の衣装に身を包んで参加する「中世週間」というお祭りも開催され、多くの人で賑わいを見せている。
 廃墟と並びゴットランドの象徴ともいえるバラについては、いつ頃から植えられるようになったかははっきりとしないという。しかし、どの家にもバラの木が植えられ、よく手入れされている。街角の風景を眺めながら散歩するのが、ここの一番の楽しみ方かもしれない。150年前に建てられた家の持ち主が「まだうちは新しいんだよね」と話すだけあり、日本なら重要文化財並みの古い建物があちこちで見られ、皆、そこで普通に暮らしている。ちょっと中庭をのぞきこむと、かわいらしいテラスや小さな花々が咲くガーデンがあり、まるでポストカードのようだ。恵まれないかつての歴史をまるで感じさせない、明るい素朴さがヴィスビーの良さなのだ。