ボルドーで熟成した「シンデレラライン」

フランス・ワイン

ボルドー

 ヨーロッパ南西部、3000m級の山々が連なるピレネー山脈から流れ出す、ガロンヌという名の川は、カーブを描いて北東に進みフランス南西部・トゥールーズに至る付近で北西に向きを変える。ワイン集積地として栄える港町、ボルドーを北に抜けた川は、ドルドーニュ川と合流してジロンドと名を変え、大西洋のビスケー湾にそそぐ。これらの川沿いには一大ワイン産地が広がり、豊潤な銘酒の数々で知られている。
 「Bord de l’eau(水のほとりで)」という言葉を語源に持ち、ジロンド川の三日月型のカーブにちなんで「月の港」とも呼ばれるボルドー。ワイン産地としてのボルドー地方は、3つの川を境に西側は左岸、東側は右岸と呼ばれることが多い。フランス語でいう「Châ teau(シャトー)」は、貴族の城や邸宅を意味するが、特にボルドーにおいては、葡萄農園や生産者のことをいう。

格付け

 1855年、パリの万国博覧会をきっかけに、ボルドー市商工会議所によりボルドーの等級格付けが作られた。この、ナポレオン3世の命による公式格付けは、わずかな例外を除いて今日まで変化がなく、150余年を経た現代にも通用するのか?という批判の対象ともなるが、時を越え厳然と存在し、評価基準としてさまざまな影響を与え続けている。
 「5大シャトー(一級格付け)」と呼ばれる、「シャトー・ラフィット・ロートシルト」、「シャトー・マルゴー」、「シャトー・ラトゥール」などに代表される大規模なシャトーは、ほぼ左岸にある。一方、公式格付けとは縁が無かったのが、ポムロールやサンテミリオンなど右岸の産地だ。小規模ということ、また、ボルドーから離れている上、大きなジロンド川が妨げとなり、クルティエ(仲買人)が扱っていなかったこと、などが主な理由だった。

ポムロールの奇跡

 港町ボルドーの市街から北東へ約30㎞、ガロンヌ川を越えた、「ボルドー右岸」にある小さな村、ポムロール。ある時、畑の中にぽつんと立つ松(ル・パン)の木のすぐ側にある小さな農家を一人の男が訪れた。名は、ミシェル・ロラン。彼は、収穫量を抑え、焦がし加減を工夫した新樽を使うなど、新しい試みを加えるアドバイスを行い、畑のオーナーであり管理者である、ティエンポン家のアレクサンドル氏はこれらを受け入れる。 1981年が実質のファースト・ヴィンテージとなる「シャトール・パン」の、名声を得るまでの驚異的な早さは〝ポムロールの奇跡〟と呼ばれ、1982年ものの取り引き額が100万円になった時期もあった。1950年代から評価を高め、希少性を謳った高値販売で成功した、「シャトー・ペトリュス」と同様のスタイルを目指したル・パンは、今や王者ペトリュスと並び、左岸を含めたボルドーで、最も高価で贅沢なワインの一つとなった。
 若く、無名だったミシェル・ロランも、このル・パンの成功をきっかけにフランスを代表するエノロジスト(醸造家)・コンサルタントの一人となる。〝売れるワイン〟の作り方を教える救世主として、手がけたワインは数知れず、その多忙ぶりは「空飛ぶワインメーカー」と呼ばれるほどだ。そしてもう一人、ル・パンの成功に関して〝神の舌を持つ男〟を紹介しないわけにはいかない。世界のワイン相場に絶大な影響力を誇る、アメリカのワイン評論家ロバート・パーカーだ。価格やブランド力に左右されない、客観的な姿勢を基本にした評価は、パーカーポイント(PP)により、分かりやすい100点満点で示される。テイスティングコメントとともに発表される膨大なデータは、ワイン業界の常識を覆し、高得点が付いたワインは高値で取引される結果となる。しかし、PPはあくまで個人の嗜好を反映したものなのだ。一方、ミシェル・ロランがアドバイスするワインはパーカーの好みとも合致することが多く、結果、どこで作るワインも同じ質になっているのでは?という批判もある。
 つまり、アメリカ式の「グローバリズム」が、「テロワール(土地の持つ風土や気候、地味)主義」を飲み込んでしまったというわけだ。しかし、現代のワイン醸造技術を駆使するロランもまた、ワインの本質はテロワールだという。

テロワール

 ロランの哲学とは、奇をてらった革新ではなく、土地や土壌に相応しい方法なら、従来のルールに縛られずに実行するということ。「土と気候」という言葉が端的に表すテロワールとは、人の手によって変えられないものであり、土地や畑に神秘性を感じてワイン造りをする思想かもしれない。問題は、旧世界と新世界の対立、つまりテロワール主義対グローバリズムという二元論では括れない。我々は、多くの文化が衝突し、あるものは回帰し、また、新たなものが生まれる時代に生きている。